apeboardに愛を込めて〜2000年代前半のインターネット〜

あなたはapeboardを知っていますか?

ITmediaに大好きな連載があります。

オレの知ってるネットと違う

前々から2000年頃のネットを扱ったコンテンツには目がないのですが、著者の方と年齢が近いらしく、あの頃の10代が見たインターネットがそのまま語られていて、毎回楽しく拝見しています。

こちらが先日掲載された最新記事↓

あやふやな知識で「スタイルシート」や「CGI」と格闘していた頃のこと

CGIのくだり、これはapeboardのことを言っているのだろうかとそわそわしました。apeboardと出会ってなかったら、wordpressのカスタムに手を出そうとは思わなかったアラサーがこの世界にはきっと割といる。と本気で考えたお話をば。


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1.apeboardとは

apeboard(エイプボード)とは、2apes.comさんが配布されていたCGIスクリプトです。

2000年頃に10代が運営していたサイトには必ずと言っていいほど掲示板がありました。始めのうちはみんなレンタル掲示板を借りて外部リンクを貼っていました。ロケットBBSさんとかが多かったかな?

その世界に「CGIを自分で設置する」という文化が入ってきたのはいつの頃だったでしょうか。

2.ネットで仲良くなった高校生のお姉さんがapeboardを使っていた。

1999年〜2001年、私は小5〜中1で、周りにいた10代の中では比較的年下の方でした。中学生や高校生のお兄さん、お姉さんに仲良くしてもらって浮かれていたことをよく覚えています。当時は”日参サイト”なんて言葉があって、サイトへ行って掲示板で交流、特に仲のいい相手とはYahoo!メッセンジャーで夜な夜なチャット、がデファクトスタンダードでした(たぶん)。

当時の我がサイトは、○○’S HomePageを脱したものの○○houseだしMIDIは鳴るしエンボスロゴだしホームページビルダー丸出しのどう見ても90年代サイトだったわけですが、その中で知り合ったお姉さん(複数)がものすごくお洒落なサイトを作ってらしたんですね。

当然憧れるわけです。どうやって作ってるんだろう?となったわけです。

とりわけ目を引いたのが、掲示板が完全にサイトデザインに溶け込んでいたところ。しかも広告がない。

今みたいにアフィリエイトなんて概念のない時代だし、無料レンタルサーバー当たり前の10代の世界では広告がないってそれだけで格好よかったんです。広告消しなんて技術も生まれていたほど。「過剰に改行タグを入れて広告の表示位置を下げること」が規約違反となったりもしていました。

幸い私はSEな親戚が自宅サーバ構築に凝っていた延長でスペースを提供してくれたのでサイト自体には広告がなかったのですが、掲示板だけはそうもいかなかった。

見事にサイトに溶け込んだ掲示板に興奮してお姉さんに尋ねました。

「どこの掲示板使ってるの?」

「レンタルじゃないよ、自分とこに置いてるの」

このときの「かっけEEEEEEE!!」感と言ったら。

それでapeboardを教えてもらって、親戚に「自分でCGIの設置ってできるの?」って聞いたら快く設定してくれて、めちゃくちゃ挫折しそうになりながらなんとか設置したわけです。上田さんの記事にありますが、パーミッションは本当になにかの妖怪だった。パーミッション怖かった。今も別の角度からパーミッションには苦しんでますがw

同時にホームページビルダーを卒業してタグ打ちを開始。なんか自分がすごいことできる気分に浸ってたなあ。

サイト名も「Trash」という名前に変えて新装リニューアル。英単語ひとつのサイトタイトルが最高に格好いいと思っていました。自分のサイトに「ゴミ」とつけるセンスがすでに何かをこじらせ始めていたことは否めません。


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3.カスタムこじらせてスキン屋を開業

apeboardの魅力はそのカスタマイズ性にありました。

CGI本体とレイアウト部分は完全に分離。レイアウトは主に「apeskin.html」と「res_file.html」というふたつのHTMLで構成され、入力内容は簡単なタグをそのHTMLに埋め込むだけ。これに「skinini.cgi」というちょろっと設定項目を入れればいいだけのCGIファイルをつけて、それを「スキン」と呼んでいました。「メモ帳で保存したらだめ!!」が合言葉で、文字コード・改行コードに苦しめられてテキストエディタなるものと出会ったのもapeboardがきっかけでした。

なんやかんやで思った通りのレイアウトを組めるようになった頃のことです。ただでさえリニューアルサイクルの早い10代のサイトだったのに”スキン作りたい欲”が満たされなくなってしまったんですね。また、上田さんもあの頃の“ホームページ”は、アクセスするたびオルゴールの音が流れていたで書かれているように、当時のサイトは「作ること」が目的で中身などなかったので、いわゆる”コンテンツ”が欲しいなと思い始めた頃でもありました。

で、安直に始めました、スキン屋。

余談ですがたしか同時かその少し前にバナー屋もやってた記憶がありますね。個人サイトのバナーって今はもうないんですかね。風前の灯になりつつある同人サイト界隈ではまだ生き残っている文化ではあるのですが。

なんだかものすごく自分がクリエイティブな人間になった気分でした。将来はWebデザイナーになるんだ!なんて思っていました。実際はしがない情シス事務ですが。まああの頃サイト作りに没頭した経験はなんやかんやで仕事の役に立つこともありますが。

4.当時のファイルが残っていたのでお焚きあげ

古いファイルぶっこんでたNASを漁ったら当時のファイルがあったので晒し上げます。

4-1.エンターページ

trush_01

昔はindex.htmlはエンターするだけのページというのが多かったです。IFRAMEを愛フレームと呼ぶのは10代女子のデファクトスタンダードでした。

4-2.エンターするとサイズばりばり固定の”小窓”が開く

trush_02

リサイズ一切許しません!な小さいウインドウが開く手法もよく見かけました。コンテンツ部分はもちろん愛フレーム。

4-3.スキン配布ページ

trush_03

自分で「人気」と書くだけならまだしも「らしい」とか、「ま、興味ないけど」を装っちゃうこの感じ。

trush_04

apeboardの画期的なところは、作り方次第で日記にもできたところ。

※特記事項:全体的に字が小さいのはデファクトスタンダードです。8ptどんとこい。

5.wordpressに出会ったときの感想は、「ああ、apeのすごいやつね」

apeスキンのソースはこんな感じでした。(投稿記事部分を抜粋)

<table width="250"border="0"align="right"
style="border-width:1px;border-color:#ffffff;border-style:dashed;">
   <tr>
      <td style="padding:10;">
         <table border="0"width="100%"cellspacing="0">
            <tr bgcolor="#ffffff">
               <td class="title"align="left"style="padding:1 1 1 5;">
                  <a href="resinput"><b>□name<!--s--></b></a>
               </td>
               <td align="right"width="40%"style="padding:1;"class="title">
                  mail<!--s--> url<!--s-->
               </td>
            </tr>
            <tr>
               <td align="left"colspan="2"width="100%"style="padding:5 1 5 1;" class="msg">
                  message<!--s-->
               </td>
            </tr>
            <tr>
               <td align="right"colspan="2"style="padding:0;">
                  date<!--s--></td>
            </tr>
         </table>
      </td>
   </tr>
</table>

コード見るのにDreamweaverで開いたらダメ出しされまくりましたがwww問題はHTMLの構文だとかTABLEタグばりばりのレイアウトではなくて、この「入れたい場所にコードを埋め込む」方式。

wordpressに出会ったときになんか知ってる感があったんですが、源はこれだったと思うんです。

それで思うんですよ。いまwordpressのテーマを作ったり、あるいはWebデザイン界に身を置く人の中には、一定数apeboardを通った人たちがいるんじゃないかって。元スキン屋がいるんじゃないかって。そして、もしかするとその中には、進学や就職をしていく中で疎遠になってしまった当時の知り合いがいたりするんじゃないかって。

そんな方たちと、いつかどこかで再会することができたなら、それこそインターネットの醍醐味だな、なんて一介のアラサーは思うわけです。

この投稿のカテゴリーは 思い出話 、投稿者は おさみ です。ブックマーク用 パーマリンク

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